前回のコラムでは日本でキャッシュレス比率が急激に増加するようなペイメント革命が近未来に起きるとすると誰がその主役となりえるかという話をしました。折しも執筆時点(3/12)で10月からの消費増税まで残すところほぼ200日、東京オリンピックまでほぼ500日となった今、この2つのイベントがキャッシュレス比率の大幅な向上のきっかけになるのではと期待されています。

前者については消費増税が供給者側、消費者側双方に与える負のインパクトの緩和策としてキャッシュレス決済におけるポイント還元が話題になっています。独立系の中小小売店は5%の還元率、大手チェーン店系列のフランチャイズ店は2%が予定されており、大型店舗は対象外とされています。対象は、クレジットカード、電子マネー、コード決済(QRコード決済、バーコード決済等)となる見込みです。期間は2019年10月から9か月間となる予定です。キャッシュレス比率向上に熱心な経済産業省が主導しており、それが緩和策以外の目的であることは明らかでしょう。2,798億円もの国費投入が見込まれることからも両方に対し大きな効果が出てくれればと思います。

上記の期間は2020年7月に始まる東京オリンピックへの橋渡しを意識したものと言われています。緩和策と東京オリンピック両方の景気刺激効果が連続することで消費増税後の景気の冷え込みを1年近くに渡って抑え込んでいきたい考えのようです。

政府は緩和策をきっかけにして、現在キャッシュレス決済があまり進んでいない中小小売事業者にそれを浸透させることを狙っていて、それら事業者のキャッシュレス決済端末の導入負担を実質ゼロにするため費用の3分の2を国が支援、残りをカード会社が負担する、それら事業者への手数料の上限を3.25%に抑えるようカード会社に求め(期間限定とすることも可)かつ3.25%の中の1%程度を国が負担する(実質負担上限2.25%)といった施策を実施することで普及率をあげる方針のようです。

新しく導入される決済端末等の機器は当然(現在日本で主流のType F以外に)国際的に広く普及しているType A/Bの非接触IC決済、QRコード決済等にも対応すると考えられ、(モバイル環境等と共に)海外からの訪日客が大きなストレスを感じている決済のガラパゴス状態の解消にも寄与し、オリンピックイヤーに期待されるインバウンドの経済効果を後押しするという期待もあります。

現在日本では、キャッシュレス決済比率を上げていくためにボトルネックとなっている大きな集団が店舗・加盟店側、利用者側双方に存在します。前者は中小事業者、後者は高齢者層です。小売りでは産業全体の売上の約4割、飲食では約6割を中小が占めています。これらの事業者では初期投資、利益率、資金繰りといった面でのサービス、機器の導入に当たっての困難性が大手と較べても大きく、かつ手数料も大手より高め(最大で5%程度)に設定されることが多く、今までキャッシュレス決済の普及が遅れていました。

一方、日本は言わずとしれた高齢者大国で2018年9月15日現在の推計では総人口1億2642万人に対し65歳以上の高齢者は3557万人、約28%となっています。現在、50代以下は様々な決済手段にあまり抵抗がないのに対し60代では電子マネーの利用が少なくなり、70代になるとクレジットカードの利用も少なくなり現金、銀行口座決済(キャッシュレス統計の対象外)の利用が多くなると言われています。60歳以上の高齢者層の消費支出が個人消費全体に占める割合は人口比より大きく、内閣府の統計によると概ね半分を占めます。

このように店舗・加盟店側、利用者側双方で売上高、支出額換算で半分近くがキャッシュレス決済に消極的という状況では、キャッシュレス比率がなかなか上がって来ないのはもっともなことです。現在政府が前者に焦点を当てて事態を改善しようとしているのは妥当な優先順位設定に思えます。前者についてこのまま何も手を打たなければ消費支出売上に占める大企業の割合のゆっくりした自然増以外では大きな改善が見込めないのに対し、後者は今後自然な改善が見込めます。現在の状況は高齢者だからキャッシュレス決済を利用しないというより、自分が若かった頃に使っていなかった決済手段を年を取ってから新たに使い始めるのは難しいからだと考えられるからです。高齢者人口は今後も増え続けますが、キャッシュレス決済への抵抗が薄い今の50代以下の層が年を重ね高齢者層に差し掛かっていく中で、キャッシュレスの利用が同層でも進んで行くと考えられます。

前回のコラムではペイメント革命において官が主導的な役割を果たすことは難しいという予想を述べました。もし消費増税・東京オリンピックのタイミングで今回述べたような官主導で進められている施策が功を奏し、キャッシュレス社会の扉を開くきっかけとなり、例えば10年後に振り返ってみて、「思えばあの時が転機だったんだ」と言われることがあれば、官が日本におけるキャッシュレス革命(もう少し控えめに言えば改革)に一定の役割を果たしたと評価されるでしょう。我々はペイメント業界がより発展することを願っているので、我々の予想に反した形でそれが起きてもそれはそれで良いことだと思っています。

一方、このような消費増税・東京オリンピックに向けた動きを阻害するものとしては、そもそも消費増税が10月に予定通り行われるのか、それに付随して考えられている施策も適宜実際に実施されるのか、残されている限られた時間の中で結果を出せるのかという基本的な疑問点以外には、やはり手数料の問題が大きいと我々は考えています。薄利でビジネスをしている、例えば利益率が5%、10%というような事業者にとっては手数料がたとえ2%程度であったとしても利益の4割、2割を手数料として持っていかれることになります。これは多くの中小事業者に取っては大きな壁として残っていると考えます。そういった層をも取り込める手数料の価格破壊をもたらすような勢力が力を得たときにこそ真に革命的な進展が起きる可能性が高いと考えています。

いずれにしてもペイメント業界にとっても、日本経済にとっても2019~2020年は目が離せない年になりそうです。

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